奈留島へ! (前編)

長崎県五島列島 奈留島は、私が長年行きたいと望んでいた憧れの島。

当時の社中展チラシ。

今回、この島で花をいけることになった発端は、5年前に遡る。

2017年開催、いっすい花教室社中展テーマは「歌は流れる」

さまざまな楽曲からイメージを膨らませて、その歌の世界観をいけばなで表現した。
私も数点出瓶したが、その中のひとつが「瞳を閉じて」だった。

瞳を閉じて とは

奈留高校と「瞳を閉じて」の素敵な物語は、1974年、長崎県立五島高等学校 奈留分校に通う、ひとりの女子生徒さんが、オールナイトニッポンにハガキを出したことからはじまる。

校歌を持たない私たちに校歌を作って欲しい

当時は本校である五島高校の校歌を歌っていた。しかし福江島の風景を詠み込んだ歌詞は、奈留島のそれとは違っていた。

この依頼に応えて、荒井由実さん(現・松任谷由実さん)作詞作曲の「瞳を閉じて」が奈留分校に贈られた。

1976年、五島高校から独立し、奈留高校となる際に校歌とするか検討されたが、残念ながら校歌とはならず、愛唱歌として制定された。

1988年、卒業生の寄付により、校庭に「瞳を閉じて」の歌碑が完成。除幕式には松任谷由実さんも駆けつけた。

この歌碑、いまでは島の観光名所のひとつに数えられ、またこの歌そのものも、学校のみならず島のほとんどの人が歌える、島の愛唱歌として大切にされている。

これらのエピソードは、様々な特集番組で紹介されているのでご存知の方もいるかと思う。

瞳を閉じて
歌碑
奈留高校
ユーミン直筆の歌碑。奈留高校の校門すぐのところに建っている。

なんて優しい方達

そんな素敵なエピソードがあるこの曲。社中展で発表するいけばな作品の構想を練る過程で、私はあるアイテムを作品の中に入れ込みたいと思った。その品物が何かについては、諸般の都合により明かすことができない。

一番のキーグッズなのだが、大変貴重なものだとご想像いただきたい。そしてこのグッズを入れ込んだいけばな作品自体も、ネット上では掲載できないことを併せてご了解いただきたい。

さてそのアイテム。
ダメ元で「どなたかお貸しくださる方はいらっしゃいませんか」とTwitterを通じて呼びかけたところ、当時奈留高校2年生のKさんが反応してくださった。

Kさんから三兄弟工房の葛島さんを紹介いただき、葛島さんのご尽力により、私の手元にはその品が届いた。これだけでも奇蹟である。

どこの馬の骨とも分からない私に、なんという優しさだろうか。ネットがきっかけでも、人を信じることの大切さを改めて教えられた。

こうして無事に社中展を終え、このお礼に必ず奈留島へ伺いますとお伝えしたが、何だかんだと5年も経ってしまった。

妄想スケジュール

本来であれば、社中展を終えてすぐに伺うべきだったのだが、とにかく奈留島は遠い。そんなことをグダグダ考えているうちに、昨今のコロナ禍。いよいよ遠のいてしまった。

家にいることが多くなった私は、ふと思い立って奈留島に行くスケジュールを考えてみた。

せっかく奈留島へ行くのなら、ただお礼を申し上げるだけでなく、何かできないだろうか。だったら花をいければ喜んでもらえるかもしれない。そんなことを考えながら、妄想スケジュールを完成させた。2020年夏のことである。

今見返すと、とてつもない強行スケジュール。花をいける案が書き足されている。

推理小説の犯人

相変わらずコロナは猛威を振るい、妄想スケジュールも実行に移せないまま2021年の秋になってしまった。ひょんなことから2022年3月、福岡へ行くことが決まった。

妄想スケジュールでは、博多港を23時45分出航のフェリーで向かうことになっている。出航時間にも間に合いそうだ。もしこのチャンスを逃せば、もう一生奈留島に行くことはないかもしれない。私は具体的なスケジュールを決め始めた。

当初の予定では、23時45分に博多港を出港したフェリーは、翌朝7時過ぎに奈留港に着く。そこから花をいけ、昼過ぎのフェリーで長崎港へ、長崎空港から名古屋に帰れば、1泊2日で行ける。船中泊だが。

しかしこれでは巧妙なトリックが仕組まれた、推理小説の犯人のようである。何のアリバイを作ろうとしているのか。これで「お礼をした」というには、かえって失礼ではなかろうか。

そもそも五島列島は豊かな自然と、美味しい海の幸が目玉だ。これをみすみす逃す手はない。当然の成り行きで、奈留島一泊を即決した(ちょっと不純)

サプライズ

そうと決まれば、今度は花をどうするか。どこに飾るか、どのくらいの大きさか、花材はどこで調達するか、そもそも花をいけることができるのか……問題山積である。

幸い、お世話になった葛島さんのご家族が民宿を経営されている。そこに泊まって花をいければ喜んでいただけるのではないか。

突然のトンチキな提案で驚かれた事だろう。しかし受け入れてくださった葛島さんやご親族の方から、驚きのお返しが届いた。

奈留高校のユーミンの歌碑の前で花をいけられませんか?

今度は私の方が腰を抜かした。そんな幸運なことがあるだろうか。「瞳を閉じて」の舞台となった高校の、しかも歌碑の前で花をいける。後にも先にも、こんなことができる人間はいないだろう。こんなことを考える人間もいないだろうが。

当時の打合せメモ。「歌碑前」がグルグル囲まれていて、興奮した痕跡がある。

聞けば、校長先生に掛け合ってくださったそうで、それを快くお許しいただいた校長先生をはじめとした教職員の皆さまにも感謝を申し上げたい。

テーマはもちろん…

こうなると、現地でいける花のサイズも、それなりの大きさにせねばなるまい。しかし歌碑の前となると野外である。雨が降ったらどうなるか、風が強いときは?

奈留に上陸するのが午前7時45分。いけ込みスタートが13時。レンタカーを借りたり、奈留高校への搬入などを考えると、かなりタイトスケジュールになるはずだ。まして今回は弟子が同行しない。そのあたりを踏まえて作品図を描いていった。

もちろん作品テーマは「瞳を閉じて」

発送

出発の10日ほど前から荷造りが始まった。想像はしていたが、梱包してみたらやっぱり結構な量である。

花器が2箱、いけ込み資材が2箱、角材7本、私のキャリーケースが1つ。別便で花材が3箱。これを全部離島に送るのだから、ちょっとした引越しである。

葛島さんや島の方達が喜んでくれるといいなと願いながら荷物を送った。

3月5日。いよいよ私も奈留へ発つ日が来た。