まずはこちらのポストをご覧いただきたい。
どうしよう。
この絵を買おうとしている私がいる。
55万円。
いくら名鉄百貨店がラストでセールだからって、我が家は絵にそんなお金を払えるほど裕福ではない。
でもこのスイカの絵からしばらく動けなかった。… pic.twitter.com/SbZdpk2lEW— ゆかりちゃん (@yukaric03886076) February 28, 2026
このスイカの絵ですが、結果どうなったのか教えて欲しいとDMも何通かいただいており、こちらでご報告します。
本日画廊へ連絡して「購入の方向で考えていますが、決心するためにもう一度見せてください」と電話に出た方へ伝えました。… https://t.co/TcDktgX9eX
— ゆかりちゃん (@yukaric03886076) March 2, 2026
実は私も似たような経験がある。今回閉店した名鉄百貨店ではなく、同じく名古屋の老舗百貨店での話。今からちょうど8年前、2018年3月の話。当時のことは個人的なFacebookに書いていたので、加筆修正し転載する。
名古屋の老舗百貨店(仮に「〇A」といたしましょう)が、その長い歴史にピリオドを打ち、閉店セールを実施していると知り、美術品に強い店だけに何かあるのでは?と出向いてみたら、お値打ち品がざっくざく。
ガラス越しに矯めつ眇めつしていたら、呼びもしないスタッフが「いかがですか?」と声をかけてきた。さらに頼みもしないのに「(ガラスケースから)お出ししますね」ときた。
これは厄介なことになってきた。いや、百貨店なのだから販売員が声掛けをするのは当然だ。美術館と違うのだから、買いそうな客にプッシュするのは至極真っ当な営業活動である。
お茶の点前には数多くの道具が必要だが、何だっていいわけではなく、季節やテーマに合わせて道具が合わせられる。これを道具組みという。しかしこの水指は、当時私が持っていた茶道具と合わせるには、難易度が高そうな感じがして、今回は目の保養にしておこうかと考えていた。
「ほー」だの「へー」だのと非常に間の抜けた言葉でその場をやり過ごしていたら、これまた頼みもしないのに「箱をお持ちします」まで話が進んでしまった。こりゃ本格的に買う方向に進んでいる。
とっとと断ればいいものを、箱書も見せていただくことにした。箱の蓋裏を見て驚いた。これは確かに鵬雲斎大宗匠のお花押。筆跡も間違いなく大宗匠。思わず「これは鵬雲斎の箱書ですね?」とつぶやくと、私のそばをべったりと張り付き、先ほどから猛烈な営業トークを繰り広げる販売員が、美術画廊一番の若手と思しきスタッフに「すぐに担当者に問い合わせろ」と指示を出した。
すると他の現場のスタッフまでもが「ホーウンサイ ホーウンサイ」と言いながら集まり始め、ちょっとした混乱の様相を呈してきた。
平日夕刻。百貨店で忙しいのは地下の食料品売場くらいで、美術画廊はもう閑散としている時刻である。そんな中に、やれ人間国宝だ鵬雲斎だと口にする人間が現れたのである。販売員の立場に立って想像してみてほしい。これほど購入の可能性が高いことはない。
私は私で、気軽に見に行っただけなのに、まんまと買う方向で話が進んでいるこの状況が恐ろしくなってきた。ここをどう乗り切るのかしか考えられない中、件のべったり販売員はグイグイ迫る。そして話の流れから「こいつは確実にお茶をやってるな」とバレている。今更「お茶、詳しくないんで」なんて言い訳が通用するわけない(実際詳しくないが)
私は販売員たちに取り囲まれ、逃げ場がない。これぞまさしく四面楚歌。誰か助けて。
完全にロックオンされた私は、それでもなおのらりくらりと間の抜けた返事をし続けていた。そこへ担当者から情報を得た若手が戻ってきて「間違いなく鵬雲斎です。鵬雲斎とは裏千家十五代家元で…」と、解説が始まり、べったりさんも「これは売れる」な顔をしはじめたその刹那、若手美術部員が珠玉の一言を放った。
「ま、蓋に何か書いてあっても価格に何の影響も価値もないんですけどねー(能天気)」
お茶をやられている方や、古美術に興味がある方はお分かりだと思うが、品物と箱書は切っても切れない関係。箱書に何の価値もないなんてことは絶対にありえない。まして裏千家茶道を稽古している人間としては、家元の箱書そのものにも最大限の敬意が払われる。
それを能天気に「価格になんら影響も価値もない」などと断言しちゃったもんだから、みるみる青ざめるべったりさん。
「き…きみぃーーー!!! こちらのお客様はお茶をやられていているのだから! そんな言い方は! そんな言い方はぁ!!!」
漫画のように激高するべったりさんを尻目に、これ幸いと「持ち帰って検討しますっ!」と、こちらも這う這うの体で帰ってきたが、これきっと、あの若手はめちゃめちゃ怒られてるんだろうな。ごめんよ。若手。でも面白かったから許す。…買わないけど(笑)
そう。買ってないんである。やいのやいのとあれだけ言って買っていない。冒頭のポストとは真逆だ。買いたくても買い逃した方と、最初から腰が引けている私。
しかし、今でもあの水指を思い出すのは、どこかで未練があるのだと思う(出来事が面白かったのもあるが)
人と人の繋がりもご縁だが、物との出会いもご縁のものである。私にとってあの水指は人生の中でまだ早い出会いだったのだと思う。力強くも侘びた風情は、四十そこそこの私には似合わない代物だった。これが還暦を過ぎたあたりで、もしお茶を続けているのなら、あるいはしっくりくるかもしれない。そう自分に言い聞かせ、ご縁がなかったんだと諦めている。
あの水指は、今頃どんな方の手に渡っているのだろうか。老練な茶道家か、うんと若い方なのか。もしお若い方だったら、私が諦めた理由が理由だけに、それはそれでちょっと悔しいが。