「ズブズブ」って、そもそも語感からして汚い。
でも【ドはまりする】とか【一蓮托生】なんて感じを一言で表すには、これしかない気もする。
私事で恐縮だが(というかそもそもこのブログは私事しかないのだが)、そのズブズブとは、歌舞伎と松任谷由実さんである。
前回のブログ触れた芝居の話。実は俳優祭に行ってきた話がしたいがために、その導入として書いたものである。
えらい遠回りでまどろっこしい書き方だが、このブログを読んでいる方はすでにお馴染みだろうから、別段驚かれもしないだろう。
初めて読む方、こんにちは。奥谷一翠です。華道家のくせに、こんなトンチキブログを書いてます。
さて何度も言うが、私は特定の誰かの贔屓ではなく、歌舞伎全体が好きな「箱推し」タイプである。
幻のチケット
俳優祭。約3年に一度開催されている、歌舞伎・新派の役者さんによるお祭りである。
普段の稽古の成果を発表する幕あり、役者さんが売り子になり観客と直接触れ合える模擬店あり、たった一日しか上演されない新作ありで、そのチケットはシルバー・ゴールド・プラチナを通り越して、存在するのかどうか定かではないほど幻と言われる。ツチノコか。
しかしそのチケットは確かに存在した。今回、非常に幸運なご縁によって、俳優祭昼の部に伺うことになった。
いつもは歌舞伎座で開催される俳優祭だが、今回はさよなら企画の一環として、2023年10月に閉館する国立劇場での開催である。
偏執的に劇場好きな私が、どいういうわけか国立劇場だけは今までご縁がなかった。最初で最後の国立劇場である。
開場30分前にも関わらず、入場待機列は正面玄関から建物横に続き、さらに折り返していた。
9月も終わりだというのに、真夏のような気温と湿度。
そんな中でもお着物に道行をビシーッと着て、髪もこれまたビシーッとセットしたお姉さま方が汗の一つもかかずに並んでいる。どんな体質してんだ。
11時30分開場。ぞろぞろと列が流れ、初の国立劇場に足を踏み入れると、独特の格式に気圧される。
係員の方が「金券販売は1階2階3階のすべてのブースで販売しています!ただいま3階が空いています!」と案内している。模擬店では金券で購入するシステムで、私もさっそく3階ロビーの販売ブースに向かった。
「これで空いてるの!?」くらい人が並んでいる。下を見ると、劇場に入る列はまだ続いている。高所恐怖症の私は、がっしりと手すりにつかまりながら眺めていた。
金券を購入し、席に行って驚いた。花道横、通称花横と言われる、手を伸ばせば役者さんに届きそうな席なのだ(触っちゃいけません)
伝統歌舞伎保存会研修発表演目
序幕は若手の「菅原伝授手習鑑」の加茂堤と車引。
團子丈の桜丸、莟玉丈の苅谷姫、千之助丈の八重、玉太郎丈の齊世親王。見目麗しい花形ばかりで、客席からため息が漏れる。
さて私は2019年の巡業で、莟玉丈(当時梅丸)の苅谷姫を見ていて、こんな感想を書いている。
奴道成寺に、やたら端正な顔立ちで、お行儀のいい裃後見がと思ったら、梅丸さんでした。
同じく梅丸さんの苅屋姫も品格ある中にも、おぼこい感じがあってとても良かった。
将来、十種香の濡衣が似合うんじゃないかと、ふと思ったり。
— 華道家 奥谷一翠 (@issui1977) April 9, 2019
…私の目に狂いはなかったな 笑
あの時みた「おぼこい感じ」は薄れて、どちらかといえば「なんだかんだでグイグイなお姫様」になってて、これはこれで厚みがあった。
歌舞伎という演劇は、演じる役者さんの年齢と、その背景とを重ね合わせながら、見る者の想像と妄想を観客に委ねる側面を持ち合わせる、かなり特殊な演劇である。
車引の梅王役、鷹之助丈。花道の出の、その後ろ姿を見た、私の後方に座っていたご婦人がポツリと漏らした一言。
「後ろ姿がお父さんそっくり!」
顔が…口跡が…ならまだ分かる。後ろ姿?そこに感動しちゃうの?
鷹之助丈の父君は、今は亡き富十郎。
確かに似ていた。それが理解できちゃう自分も自分だが、何より客席全体が軽くどよめいたのだから、みんな同じ思いだったのだろう。
そりゃそうだ。ここは俳優祭。私の比じゃない歌舞伎沼ズブズブな方ばかりが全国から集まっている。
松王丸は染五郎丈。線の細い美少年が、その対極の松王を?そんな気持ちをいとも簡単に吹っ飛ばす立派な松王だった。三十超えたあたりでとんでもない役者になると思う。あと12年。私は観ることができるだろうか。
模擬店
模擬店ではここでしか手に入らないグッズ、飲食物などが売られていて、その売り子は歌舞伎役者ご本人。先日人間国宝に認定された歌六丈もいる。人間国宝が模擬店で売り子。凄い世界である。
人間国宝がいるかと思えば、先日まで放送されていた「vivant」にご出演の猿弥丈がウェイ系マスクをしていたりもする。
やっぱりすごい世界である。
猿弥丈がいる澤瀉屋ブースには、普段お世話になっている笑三郎丈もいて、輪投げが楽しめる。
輪投げというところが縁日感があって楽しい。
歌舞伎箱推しな私は、役者さん以外にも、劇場だったり大道具だったり、芝居に関連するものすべてが好きだ。つくづく気持ち悪い人間だと自覚はある。
そんな人間の目の前に、藤波小道具の福袋があれば、そりゃ即断即決、買うに決まっている。
中にはクリアファイルと…幣?(ぬさ・神社でお祓いをするときに神主さんが振るアレ)
雨乞狐の巫女でも踊れというのか?
まぁーたずいぶんニッチなものを…
と思ったら、え?渋扇!?
こりゃ和装の時に活躍しそうだ!
後日SNSを見ていたら、房付きの扇が入っていた人もいたそう。
執着獅子でも踊れってのだろうか。
さすがに日常使いには向かないな 笑
扇はご丁寧に和紙で包まれ、周りのクッション材として使われていたのは
「土蜘」で使われた蜘蛛の糸!
あのパスタグルグルにするやつか!
し…渋い!!(渋扇だけに)
髪結新三の大家が持ってたりする。
これを持ってるだけで、15両と鰹半分貰えそうだ(ただし泥棒にも入られる)
テンションと買い物欲のボルテージリミッターが外れかかってきた私。
役者さん揮毫の書や絵を売っている画廊では、扇雀丈の色紙を選んだ。
画廊の近くでは、その扇雀丈がお土産品の売り子をしていて、色紙を譲っていただいたことを伝えると、一緒に写真をとご提案くださった。
正月歌舞伎座の人間万事が強欲で良かったですと不躾な感想にも「虎(ご子息の虎之介丈)とやりたい放題やったからなー」とお話しくださった。
俳優祭オリジナルグッズは1階2階3階のそれぞれに売り場が設けられていて、しかしどこも長蛇の列。
私は時間を気にしながら2階最後尾に並ぶ。トートバッグやクリアファイルはあっという間に売り切れ、残り僅かなTシャツを児太郎丈から買った。
児太郎丈からは「また〇〇に行きましょう!」とお誘いいただいた。丈が名古屋に来た際にご一緒した中華の店だ。台湾ラーメンの。一応店名は伏せておく。
さっきまで楚々としたお姫様だった人が、深夜の〇〇で台湾ラーメン食べてるなんて、想像するだけでちょっと可笑しい。
ちょっと話が前に戻るが、画廊では押隈もオークション形式で売られている。最低落札価格は30万とか40万とか。もう金なんていくらあっても足りない。
ゲスい私は、落札価格がいくらだったのかが知りたい。見当もつかないが。
初代国立劇場の思い出
次の幕は国立劇場の歴史を振り返る映画。昭和41年開場からの主な歌舞伎公演をダイジェストでまとめてあるのだが、杮落しは寿海・梅幸・勘三郎の三番叟。これだけで客席がどよめく。
他にも今は亡き役者さんの映像が菊之助丈のナレーションで次々と出てくる。
先日亡くなった三代目猿之助の「四天王楓江戸粧(してんのうもみじのえどぐま)」の宙乗り映像でグッときてしまった。丈が初めて宙乗りをやったのも国立劇場だ。
思わず「ほぅ…」だの「うわぁ…」だのと感嘆していたら、隣にいた知人のお嬢様にすっかり気持ち悪がられてしまった。ごめんよ。僕もズブズブ沼の住人なんだ。
それにしてもこの編集をした山崎咲十郎丈はマルチクリエイターみたいな人だ。
2004年の俳優祭で上演された連鎖劇「奈落~歌舞伎座の怪人~」では脚本・監督・編集・音楽を担当し、2009年の同じく俳優祭「灰被姫」では脚本を、2019年の歌舞伎座「新版 雪之丞変化」では脚本・演出補を担当している。
門閥外の方だが、こういう方の才能を本興行でも取り入れていくと、古典歌舞伎との対比が面白くなっていくのではないだろうか。
グダグダ新作でズブズブ沼歓喜
最後は俳優祭名物、たった一日だけの新作「戯場八景名残隼」
これを「ゆめのくにへ ようこそ ありがとう こくりつ」と読ませるのだから、キラキラネームっぷりがハンパない。そもそも歌舞伎の外題なんてみんなそうだが。
詳細は後日放送されるであろうから、そこでじっくりとお楽しみいただきたいのだが、しょーもないダジャレあり、名作のパロディあり、一言でいえばグダグダである。それを瞬時に理解し爆笑しているのだから、さすが歌舞伎沼の住人たちである。
何より驚いたのは、これにかかわる裏方である。
演出 松本幸四郎
振付 尾上菊之丞
音楽補曲 田中傳左衛門・杵屋巳太郎・竹本葵太夫・常磐津和英太夫・常磐津菊寿郎
ちょっと書き抜いただけでこのメンバーである。人間国宝までいる。そんな超一流のプロが、真剣にバカバカしい新作をやるなんて、これほど贅沢な時間があるだろうか。
フィナーレは仁左衛門丈、梅玉丈も登場し、人間国宝マシマシである。おなかいっぱい。
終演後、ずっと見たかった平櫛田中の鏡獅子もじっくり鑑賞し、最初で最後の国立劇場を後にした。