中学生のころからお稽古に通い続けた男の子が(子という歳でもないが)、今春からフラワーデザイナーを目指し生花店に就職が決まった。
こんな時ではあるが、何としてもお祝いをしてやりたいと、参加者が順に花をいける「廻り花」の形式で、餞とすることにした。
茶道の「廻り花」は、ひとつの花入に花をいけたら次の人は全て抜いて、同じ花入に新しく花をいける。今回は一人複数本の花を順にいけていき、ひとつの作品を完成させることにした。「廻り花」と「花寄せ」の中間といったところだろうか。
即興でいける
たくさんの花、花器を用意してスタート。花器と1本目は主役が選ぶ。
一緒に行った信楽で買った壺を選び、アセビを大きくいけた。他のお弟子さんは「いきなり難易度が上がった」「セオリー通りにやってくれ」とブーブー言っていたが、これが即興でいけていく廻り花の面白いところだ。
期せずして今回参加したメンバーは、教室立ち上げからのお弟子さんばかりで、思い出話に花が咲く。私も懐かしく話をしながら、みんなよく付いてきてくれているなと嬉しかった。
稽古の成果
「どうするんだ」「花が留まらない!」と言いながらも、ずいぶん花が入ってきた。
すると主役は隣に別の花をいけだした。その顔は本当に嬉しそうで、ああこの子は心底花が好きなんだなと、こちらも嬉しくなる。
ずいぶん不安定な作品をやり出したけど大丈夫かね?と思っていたが、案の定、途中で花器ごとひっくり返り、大惨事。
慌てず騒がず、固定する方法を考えてリカバリーができるのも、稽古の成果である。
さらに別作品もやりだして、あっちこっちに花作品ができあがっていく。
興に乗るとはこのことだろう。そしてこれほど贅沢に花で遊ぶ機会もそうそうない。
私もこの時初めて分かったのだが、作品の始まりは自由度が高い。それが徐々に花が入り始めると、色合わせや花の留め方、全体のバランスなど、どんどん難しくなっていく。
完成作品
落ち着いた色合いだが、華やかに彩られた床の花。ふんだんに使われたスイートピー、ユリの香りが春のウキウキとした気分を盛り上げる。
流木の力強いラインと、カーネーションの鮮烈な赤、ミモザとコデマリで流麗なカーブで、ひとつの塊の中にも見どころの多いものとなった。
背景に他の花が入っているため分かりにくいが、ミモザやナルコユリ、ガーベラが溢れんばかりに入っている。
どの作品も、普段の稽古ではやらない形ばかりだし、いけばなの「引き算」からしたら真逆のボリュームたっぷり。
珍しい品種ばかりを集めた花材も、不思議と調和していた。
花の楽しさ、美しさを知る日
廻り花も一応の完成を見て、私からエールを送る。
入門したその日のことや、いろんな花展に出してきた作品や、私の仕事を手伝い、一緒に全国に行ったこと……花なんて触ったことのなかった中学生が、こうして同じ業界に入ってくれる。
私にとっても、こんなに誇らしく、嬉しいことはない。こんな気持ちにさせてくれたことに、ただただ感謝したい。
そんな思いを口にしようとすると、言葉よりも先に涙が溢れてしまった。言葉にならない私に「先生のおかげです」と本人が追い打ちをかけるもんだから、さらに大号泣。師弟は親子と言われるが、これでは感情のコントロールが効かないおじいちゃんである。
好きで始めた仕事でも、それだけでは立ち行かなくなることもあるだろう。楽しくないと思う日が来るかもしれない。悩み、苦しみ、それでもしがみついた先に、本当の花の楽しさ、美しさを知る日が来るはずだ。
辛くなったら、この時の花の色や香りを思い出せばいい。私も一生忘れない。