衣装の意匠の一考察

先日、松任谷由実さんの「THE HORMHOLE TOUR」大阪公演に出向いた。以下、ネタバレが含まれるから、ご注意いただきたい。

昨年秋からはじまったライブツアー、ようやく私も見ることができた。細かい内容や盛り上がりの様子は他のファンの方が書かれているので、私はその中の一曲の演出と衣装に注目したい。

ライブ中盤の【烏揚羽】
これはホラー漫画家 伊藤潤二氏からの依頼で書き下ろされた曲。

伊藤氏の作風や、MVもその雰囲気が存分に漂っているが、私がこの曲を初めて聞いたとき、そこはかとない「和のおどろおどろしさ」を感じた。

ライブではこの曲でコンテンポラリーダンサーが出てくるが、彼女が纏っている衣装が、日本古来の鱗(うろこ)文様の方身替わり振袖だった。

ユーミンのライブで着物、もしくは着物をベースとしたステージ衣装は過去にいくつかある。
例えば1995年「KATHMANDU PILGRIM」では、裾引き振袖風の衣装だったし、2011年の「Road Show」では小振袖で、いずれも和をモチーフとした曲で着用されていた。

それにしたって、今回ダンサーが鱗文様の振袖を纏うとは?

道成寺の鱗文様

鱗文様は、その名の通り蛇の鱗を表していて、能や歌舞伎でも蛇体を表す衣裳によく使われる。

代表的なところでは【道成寺】

昨年「いっすい花教室 夏の課外授業」で訪れた舞台衣裳店では、道成寺の衣裳を間近に見ることができた。

ではなぜ【烏揚羽】で鱗文様なのか。とその前に道成寺とは何かをざっと記しておく。

和歌山県に「道成寺」という天台宗の寺院がある。ここには安珍清姫伝説が語り継がれており、それは現在でもお説法として聞くことができる。

芸能の分野での道成寺とは、安珍清姫伝説の後日譚で、清姫が焼いた釣鐘を再建し、その落慶法要(鐘供養)に白拍子(実は清姫の霊)が訪れ、鐘を拝ませてほしいと乞う。一度は女人禁制であるからと断られるが、舞を見せる条件で境内に入り、舞っているうちに鐘の中に飛び込み、鐘は落ちてしまう。祈祷によって再度釣り上げられた鐘の中から蛇体となって暴れまわるが、祈祷の功力によって日高川に消えるというストーリー。

成立としては、安珍清姫伝説 → 能【道成寺】 → 舞踊【京鹿子娘道成寺】の順となる。

では改めて【烏揚羽】の歌詞を参照してみる。

行き止まりの道の向こうから
聞こえてくる微かな音
はやくおいでと囁くように
私を誘い出すのは誰

【烏揚羽】

能【道成寺】を下敷きに作られた、歌舞伎舞踊【京鹿子娘道成寺】では、冒頭で竹本はこう語る。

ただ我をのみ追い来るかと
科なき鐘を恨みしも
この罪科の数々を
読めども尽きじ真砂路の
急ぐ心は花 早き
道成寺にこそ着きにけり

【京鹿子娘道成寺】(道行)

主人公・白拍子花子が道成寺に向かうまでを踊る部分。劇場では花道を道成寺への道と見立てて踊られる。ちなみに、道成寺に向かう道は、まさしく「行き止まりの道」である。

【烏揚羽】の「微かな音」を道成寺から響いてくるの鐘の音と捉えると、「誘い出」されるのはそこへ向かう白拍子と見ることができ、以下の詞章も共通点として浮かび上がってくる。

はらはら舞い散る桜は無念の
思い乗せながら
いつまでもずっと忘れないでねと 空 染めている

【烏揚羽】

(シテ) 春の夕暮 来て見れば
(地謡) 入相の鐘に 花ぞ散りける

能【道成寺】(急ノ舞)

殿御 殿御の気が知れぬ
悪性 悪性な気が知れぬ
恨み 恨みてかこち泣
露を含みし桜花
さはらば落ん風情なり

長唄【京鹿子娘道成寺】(クドキ)

能の詞章に出てくる「花」とは桜を指し、両者に共通する、花びらが散る様子を描いている情景は驚くほど似ている。さらに【烏揚羽】では「無念の思い乗せ」とまで歌われ、これは「恨み恨みてかこち泣」と呼応する。

クライマックス向かって激しさが増すのは両者とも同じで

合わせ鏡が波うつように
流されてゆく烏揚羽
あなたを呼ぶけれど
もがいても もうどこにも戻れない

はらはらこぼれる涙は無情に
記憶滲ませて
いつまでもここにいられないこと
教え続けてる

あなたに会いたくて 帰らない時間を彷徨ってる

【烏揚羽】

鐘に向かって吐く息は
猛火となってその身を焼く
日高の川波
深淵に飛んでぞ入りにける

能【道成寺】(祈り)

能では、蛇体となって日高川に消える。烏揚羽の「波うつ」「流され」に対して、道成寺の「川波」などは、イメージが呼応している。(歌舞伎舞踊の場合はそこまでの描写はない)

また「帰らない時間を彷徨ってる」のは、白拍子となって現れる清姫の霊と見て取れる。

能にせよ歌舞伎舞踊にせよ、白拍子が本性を表すクライマックスの衣裳は、鱗文様となり、蛇体を表現している。

能「道成寺」
https://tatsumidaijiro.jp/archives/761より引用
舞踊「京鹿子娘道成寺」
https://crea.bunshun.jp/articles/-/43458?page=2より引用

こうしてみると、【烏揚羽】と【道成寺】は驚くほど似ている。
なぜ唐突に鱗文様の振袖が?と思ったが、なぜかしっくりきていたのはこんなところに理由があったのかもしれない。そんな衣装の意匠に関する一考察である。

蝶の存在

もう一つ、タイトルにもなっている「烏揚羽」についても触れておきたい。
クリムゾンのオープニングテーマに際し、ユーミンは以下のようなコメントを出している。

私が思い浮かべたのは、冥界と現世を繋ぎ、異次元を彷徨うメッセンジャーの形。偶然、フランス語でも黒い蝶はそんな意味を持つそうですね。

実は日本にも、蝶には亡くなった人への追善の意味がある。茶道でも追善の席には蝶の軸を掛ける。歌舞伎舞踊がらみでいえば、清元「保名」は亡き恋人の面影を追って物狂いになった保名が蝶を追いかける。

洋の東西を問わず、蝶には亡き人を思う気持ちが込められているのだろう。

本当に怖いのは

それにしても、美しい旋律に意識が行くが、【烏揚羽】の歌詞はかなり執念深い。
そこもまた【道成寺】に通じるものがある。

はらはら舞い散る桜は無念の
思い乗せながら
いつまでもずっと忘れないでねと 空 染めている

【烏揚羽】

「無念の思い乗せ」「いつまでもずっと忘れないでね」なんて、荒井由実の時代の名曲【まちぶせ】に匹敵するほどストーカーっぽい。

道成寺だって、考えてみりゃとんでもないストーカーの話である。
遊ばれて捨てられた女が、男を追いかけ回した挙句、焼き殺した…だけでは飽き足らず、霊になって再び現れ、男が隠れた釣鐘にすら執着するのである。

【まちぶせ】は「テーブルをはさんで あなたを熱く見た」り、「偶然をよそおい 帰り道で待」ち、最後は「もうすぐわたしきっと あなたをふりむかせる」と決意している。なんだかんだ言っても生身の人間である。

ところが【道成寺】は死してなお妄執の塊となっているのだから、伊藤潤二氏のストーリー並みに怖い。いや、それ以上かもしれない。

そして何より怖いのは、そんな怖さを美しい曲にしてしまうユーミン本人なのかもしれない。

本文中「衣装」と「衣裳」の表記ゆれがあるが、ライブステージは「衣装」、能・歌舞伎の場合は舞台「衣裳」の区別とした。