地獄のダメ出し

第5回の社中だけのいけばな展(=社中展)に向けて、着々と準備が進んでいる。

ひとつの展覧会を開催するには、運営や告知、設営、ご協力いただく方々など、様々な方面でお力添えをいただかなければならないのだが、芯となるのは何と言っても作品である。

逆に言えば、作品を際立たせるために、それぞれのお力を貸していただくことになる。
となると、主役の作品が鑑賞に堪えうるものでなければ、せっかくのご尽力も無駄になってしまう。

…などと当たり前のことを小難しく書いているが、作品を発表するのであれば、より良い作品で出したいと思うのは、社中を主宰する私のだけでなく、全員が目指すところ。

地獄のダメ出し期間

社中展前には全員が作品図を描く。作品全体のフォルムだけでなく、使用する花材や色、発注本数までがここで決まる。

「決まる」などと簡単に言っているが、作品図を提出したからハイ終了とはならない。ここはこうした方がいいんじゃないか?テーマに沿っているか?とお弟子さんの考えた作品をベースに、さらにテーマが明確になるよう一緒に考えていく。

過去に社中展を経験しているお弟子さん曰く、これが「地獄のダメ出し期間」だそうで。
なかなかどうして失礼な言い方じゃないか。と同時に、間違ってないなとも思う。さすがに「ダメ」とストレートな物言いはしないが。

心の動きを伝えること

いけばなとは立体造形作品である。
作品を通して何を表現したいのか、観る人(=鑑賞者)に、何を伝えたいのか。

「ねぇねぇ、これってこんな感情になるよね」と、作品を通して心の動き伝えることが作者の役割であり、たとえ鑑賞者が違う感情を持ったとしても、少しでも心が動いたら(それが作者の真意でなくとも)それこそが優れた作品なのだと、私は信じている。

そこを基準として、作品図の段階で「この作品で行きましょう」とゴーサインを出すか出さないかの違いとなる。

ただし、あまりに私の考えが反映されすぎてしまうと、それは私の作品になってしまう。お弟子さんのやりたい作品の意図から逸脱しないよう、そして表現したい世界に近づくようにアドバイスを加える。

小姑

すでにすべての作品図が出揃っている。すんなりゴーが出た人もいれば、何パターンも描いて相談に来た人もいる。何年もお稽古に通っている人ほど、ご自身が納得されるまで描きなおす傾向がある。

それだけ力が入っているのだから、私も指導に力が入る。
「これは何を表現したいの?」
「テーマは何?」
「このテーマで、どうしてこのフォルムなの?」
傍から見ればネチネチと意地悪な小姑みたいなもんである。細うで繁盛記か(原作・花登筺)

ただ少しでもいい作品にしたいがために、損な役回りを敢えてやっていることを分かってくれたら嬉しいな…と、小姑は思っているずら(このモデルが冨士眞奈美さんだって誰が分かるのか)