瞳を閉じて in 奈留島

ついに奈留島 奈留高校歌碑前での花いけが始まる。

信楽焼
花器
壺


今回使う花器は、信楽の作家さんが制作されたもので、黒地に青い釉薬が散りばめられている。


波のようにも、光のようにも星空のようにも見える。信楽の工房にお邪魔して一目惚れしたものだ。

そこに青に着色した角材を組み、多少の風が吹いても倒れないようにベースを作る。

さて資材を開梱しようかね…と下を向いた瞬間、ぐらりと世界が回転した。

陸酔いだ……

20年ほど前、クルーズで香港に行った際も同じ症状で苦しんだ私は、上陸後の高層ホテルで「ここのホテルは風で揺れるのか!?」と慄いていた。当然そんな訳なく、それはそれは酷い陸酔いに悩まされただけだが、当時は真剣に「この建物は揺れている」と、自分だけが揺れながら思っていた。

しかし今回は紛れもなく大地に足を踏ん張っている。下を向くたびにグルグルと目が回る。自らの三半規管の弱さを恨んだ。

酔いとの闘い

私は奈留に発つ10日ほど前から現地の天気が気になっていた。当初の予報では曇り。日が近づくにつれて予報も晴れになり、当日は温かい日差しの上天気となっていた。ただ吹く風は冷たく、そして結構強かった。

花材を開梱し花バケツに移していく。丈の長いものばかりで、風に煽られてバケツごとひっくり返るほどの風に四苦八苦した。

今回はインスタライブでの生配信も予定している。これほどの風が吹くと風音で何も聞こえない可能性が高い。いや、それも生の醍醐味かもしれない。

…と、いろいろ考えてはいたものの、実はそんなことはどうでもよくて、何よりもこの酷い陸酔いを何とかしたかった。

当初の予定より高さを抑え、風の影響を受けにくいフォルムに変更。

花いけ、スタート

午後1時。島の方や教職員の先生方が見守る中、花いけが始まった。
驚いたことに、さっきまで吹きすさんでいた風が止み、穏やかな天候になっている。

花いけ
いけばな
ライブ

まず奈留島のツバキを入れる。五島列島といえばツバキ。これはどうしても使いたかった。これは三兄弟工房近くの山で伐り出したもの。ちょうど花の咲く時期でもある。

花いけ
いけばな
ライブ

続いてサクラ(東海桜)を入れる。小ぶりな薄紅色の花が咲くこの品種は、一足早い春をもたらしてくれる。

数年前にミッション系の高校で学園葬の装花を担当した際も、新しい春を迎える=再生という意味でサクラを使った。奈留島は潜伏キリシタンの島。その島でサクラを使うことに意味があると私は考えた。

花いけ
いけばな
ライブ

レンギョウは私が好きな春の花で、サクラと合わせると一気に春の雰囲気に満ちてくる。そして日持ちもいい。何より枝ぶりが面白い。

花いけ
いけばな
ライブ

輸送の段階で花が痛む可能性が高いため、使うかどうか最後まで迷ったユリ。でもキリスト教といえばユリは欠かせない。発注ギリギリの段階でやっぱり使おうと、無理を言って送ってもらうことにした。

水揚げ状態も最高で、いけたそばから花が咲いていき、私自身も神様から祝福を受けている気分になる。

花いけ
いけばな
ライブ

奈留島の海をイメージして、一番近い花は何だろうかと決めたのがデルフィニウム。

角材の人工的な青と、デルフィニウムの自然な青がどう融合するか気になっていたが、入れてみたら不思議と調和していた。

後から伺ったら、青はマリア様の色でもあるという。ユリとデルフィニウムは涙が出るほど感激したと感想をいただいた。偶然とはいえ、この花材組みで良かったとつくづく感じた。

花いけ
いけばな
ライブ

花いけも終盤に差し掛かった時の写真なのだが、私はこんなに穏やかな顔で花をいけていたのかと驚いている。

私が花をいけている時、いつも眉間にしわが寄っている。ずいぶん怖い顔をして花をいけるんですねとまで言われたこともある。それがこの表情になるのだから、これこそ奈留島マジックという外ない。いつしか陸酔いは気にならなくなっていた。

花をいけながら、楽しくて仕方がない、ずっとこのまま花をいけていたいと感じていた。

瞳を閉じて

瞳を閉じて
いけばな

奈留から全国へ旅立っていった方達に届くように
奈留の皆さんに感謝を込めて

左から私、校長先生、教頭先生、葛島信広さん、葛島義信さん

サプライズ花いけ

事前に花器を2個送っていたのは、どうしても葛島さんにお礼の花いけをしたかったから。

事前に「制作は1作品です」とお伝えしていたが、高校での花いけのあと、サプライズで民宿かどもちさんの玄関先で桜をメインにいけた。

ここもまた信楽の壺。同じ作家さんの作品だが、こちらは五角形のモダンなフォルム。

今回使用した壺は高校・民宿共にそのまま寄贈した。傘立てにでも使っていただければ嬉しい。

花いけを終えて

私がユーミンを知ったのは、小学校5年生の時。
ジブリ映画「魔女の宅急便」で「やさしさにつつまれたなら」と「ルージュの伝言」が使われていたことがきっかけだった。すっかり魅了された私は、家にあったユーミンの当時の最新アルバムのカセットテープ(時代を感じる…)を、それこそ擦り切れるくらい聴き込んだ。

中学生の頃には、曲にまつわるエピソードも知りたくなっていた。すっかりオタクと化していたのだ。その時知ったのが 「瞳を閉じて」 と奈留島のエピソード。

当時はインターネットなんてなかったから、地図帳でようやく見つけたその島はとても小さく、そしてなんて遠いところなんだと思ったことを覚えている。

あれから三十数年の時が経った。自分が華道家になるなんて想像もしていなかったし、さらにその島の、しかもユーミンの歌碑の前で花をいけるだなんて、人生はどんなご縁で繋がってどう進んでいくのか、不思議なものである。

華道の世界に入って25年以上が過ぎた。実は何度も辞めようと考えたことがある。期日が迫っているのに作品のアイデアが浮かんでこない絶望的な感情に苛まれることもある。

けれど、こうして続けていたからこそ、こんなにも素敵なご縁に恵まれ、そしてそれは歌碑前で花をいけるという、私にとって最高の形でのご褒美となった。生涯忘れえぬ作品のひとつだ。

今回の花いけ実現にあたり、ご尽力いただいたすべての皆様にあらためて感謝を申し上げたい。

本当にありがとうございました。