松任谷由実さんが、同じ場所で同じ時期に、毎年ライブを開催して40年。
交通の便がいいと言っても山奥である。
季節は冬。何年か前は上越新幹線も関越道も大雪で止まってしまい、その日のライブが中止になった年もあった。
それでも毎年ファンは来る。大したものである。
私が初めて苗場に行ったのは、20年ほど前だろうか。
東海道新幹線から上越新幹線に乗り換え、越後湯沢からバスに揺られて苗場プリンスホテルに着いた時には、なんと遠いところなんだとヘトヘトになっていた。
初めて行く場所で遠く感じたからであろう。
ある年は東京に前泊して、翌朝、新宿から出るバスに乗って行ったこともある。
それでもまだ私は移動しやすい方かもしれない。
九州や北海道、時に海外からなど、飛行機に乗らなければならない人も、このライブにやってくるのだ。
噛み締める選曲
SURF & SNOW in Naeba 40th ANNIVERSARY 最終日の公演が迫る。
先述のように、気合を入れないとなかなか来ることのできない場所であるため、ファンの濃度は高い。
そんな観客に向けたライブであるから、選曲も渋めなものとなっている。
最終日に集うファンは特にこってりとしていて、あちこちでファン同士の挨拶が交わされている。
私の友人トワレ(仮名)さんは、この界隈ではちょっとした顔らしく、しょっちゅうあちこちから呼び止められている。
「トワレも歩けばユーミンファンに当たる」と私は軽口を叩いた。
いつものようにおちゃらけながら、華やいだ雰囲気に心を躍らせ席につく。
客席全体に祝祭感が満ちている。
いよいよ開幕。ステージ上には大きく「40th」と書かれたセットがある。
前夜も同じ曲目なのだが、この日は特に1曲1曲を噛み締めるように聴きながら、私はこの20年間を思い出していた。
苗場に初めて来たときのこと、身内の不幸の直後で悲しみの中にあって、それでも行こうと決めたときのこと、スキーで猛特訓を受けたこと、ドラゴンドラの高さに怯えたこと…。
思い出のひとつひとつを辿っていたら、せっかくの40周年の最終公演が疎かになってしまうから、今演奏されている曲に集中することにした。
しかし私にはどうしても忘れらない苗場での思い出がある。
人生を決定づけた一夜
遡ること10年前。
SURF & SNOW in Naeba 30周年記念の最終日のこと。
ユーミンファンはご存知だと思うが、このライブには「リクエストコーナー」がある。
選ばれた人がステージに上がり、リクエスト曲とそれにまつわるエピソードを話すのだ。
これについてはいつか詳しく書くつもりだが、私はこの日のリクエストコーナーに指名された。
目の前にはずっと憧れ続けた才能の持ち主がいて、私自身のこと、いけばなのこと、リクエストした曲のこと、果てはキリストの墓と伝えられる場所があるという青森県の話まで飛びたしたのち、私のリクエストした曲「花紀行」を歌ってくれた。
あれから10年が経ち、花にまつわる話と、花の歌をリクエストした私は、花教室を開き、お弟子の中からプロを目指す人も出るようにもなった。
あの年が、あの時の苗場が、私にとってのターニングポイントであったことは間違いない。
大切なものを抱きしめる時間
松任谷由実という一人のアーティストを通じて知り合った人たちは、性別も年齢も住むところも職業もみんな違っていて、例えば新潟に住む、私が「新潟のお義母さん」と呼ぶ友人とは、お互いの地元を行き来する仲だし、東京の北部に住む友人は家族ぐるみでの付き合いがあって、そこの末っ子の娘さんがクルマを運転する姿に年月の流れを痛感させられたし、お互い学生時代に知り合った同年代の四国出身の友人とは、仕事をリタイヤしたら四国八十八箇所をお遍路しようとまで約束している。
ドラァグクイーンのアルピーナさんもそうだ。
先述の10年前の苗場で知り合い、その年の花いけライブにゲストとして出ていただたり、数年前の苗場では同じ部屋に宿泊し、一緒にライブを観た。
その時にトワレさんが「あなたたちの部屋には清浄な空気感が漂っている」と意味の分からない感想を述べていたことも懐かしい思い出である。
書家の森大衛先生とも、ユーミンを通じて知り合った仲である。
森先生の書に対する姿勢は、私の花に対するそれのお手本になっている。
今年の苗場では久しぶりにお目にかかれて、お話しもできた。
森先生はお弟子さんを伴っておられ、そのお弟子さんからも丁重なご挨拶をいただいた。
「森先生の元でお勉強させていただいております」
二十歳の男の子から、これほどしっかりとしたご挨拶をされてしまうと、チャランポランに生きてきた私の全てを見透かされてしまっているようで恥じ入るばかりだった。
私にとって苗場でのライブとは、ただのバカンスではない。
私の中の大切なものを抱きしめるための時間なのだと思う。
その大切なものとは、ユーミンの楽曲であり、大切な友人であり、真剣に遊び続けることであり、花作品を生み出すための感覚でもあり、そのどれかひとつが欠けても成り立たない。
私は何年経ってもこの苗場に来るだろう。
例えばユーミンが杖をつきながら、ほんの数曲を歌うだけであったとしても、私はこの時間を大切にしたいと思う。
私を花の世界に進ませるきっかけと勇気をくれた苗場。
大切な友人と出会わせてくれた苗場。
40周年を迎えたSURF & SNOW in Naeba に最大の祝意と感謝を贈りたい。