松任谷由実さんの深海の街ツアーは、華道家の私にとって印象深い、忘れ難いツアーの一つとなった。
以下、ネタバレを多く含むので、知りたくない方はここで引き返してほしい。
今回のツアーは、オープニングから【翳りゆく部屋】【グレイス・スリックの肖像】【1920】と、静かな曲が続く。序盤からドカーン!と客席総立ちにはならない。時節柄なのか、はたまた客層を考慮しているのか…。
私も今まで「あー、この曲かぁ」と思ってきたものや、新曲でもそこまで心動くかね?と感じた曲が、この2年でまったく違う感情になることにびっくりしている。
初めて聴いた時は、美しい曲だねとしか感想がなかった【散りてなお】が、やたら心に沁みる。
散りてなお 咲いている 君の面影胸に
またひとり歩き出す 金色に頬を染めて
いつの日か帰らむと 想い描く景色は
現し世に もう無いのに 誰も消し去れはしない
【散りてなお】
ふと、今まで見送った方達の顔が浮かんできた。
それと同時に、その方達と過ごした時間や、そして今を一緒に生きる方達とも、コロナ禍の前のように、ケラケラ笑い合うことすら叶わなくなってしまったのか、もう戻れないのかと絶望的になる。
そんなことを考えていたら、とめどなく涙が溢れてきた。
けれどコロナがあってもなくても、過去に戻ることはできないのだから、私たちは前を向くしかないのだ。
だからこそ「誰も消し去」ることもできず、「また一人 歩き出す」のだ。
ここからの後半は、一気に涙腺のツボをついてくる。
「押せば命の泉湧く」状態だ(古すぎて意味が分からない方はこちら)
東京公演は友人女性と見た。先にお断りしておくが、元カノではない。
二十数年前、その友人とお台場で遊んだことを思い出した。先日閉館したヴィーナスフォートにも行った。シースルー観覧車に乗って、ヒーヒー言ったなぁ…。
近くのゲームセンターにあった、一人カラオケで歌が収録できる機械で【雨の街を】を歌ってCDにしたことも思い出した。なんでそんなことしたのかサッパリ分からない。黒歴史である。友人はエアホッケーで遊んでいたことまで覚えている。ところであのCDはどこに行ったんだろ?
その後その友人は結婚し、私は結婚式にも参加した。新婦友人席には年齢も性別もバラバラな、正体不明のメンバーが座っていた。全部ユーミン繋がりのトンチキ仲間で、ご列席の皆様方からは、不審な目で見られていたことだろう。
今はお互いに40を超えて、友人は夫も子供もいる身。そんな女性が昔の男(言い方!)とコンサートを観に行くのだから、【知らないどうし】な世界を期待されるかもしれないが、中学生並みに健全な再会である。なんなら今時の中学生の方がもっと…いかん。やめておこう。
健全と言えば、私が健全な高校生の時、ある地方を一人旅したことがある。その頃ヒットしていた【Hello, my friend】
将来に漠然とした不安を抱えていた自分の、ジリジリとした焦燥感。三十代半ばまではそんな気持ちが蘇る、私の青春ソング(これまた古い言い方)だった。
それが最近は、亡き人や時間を悼むように聴こえる。積み重ねてきた時間がそうさせるのかもしれない。思えば高校生の私は、遥か遠い存在になっている。
付け加えておくが、私は今でも健全だ。
本編最後の【水の影】から続く、アンコールの【青い船で】【空と海の輝きに向けて】ダブルコールの【二人のパイレーツ】に共通するキーワードは
「船と海」
奈留島へ向けて出発する直前に福岡サンパレスで聴いた時と、花いけも終わり東京で聴いた時の感情がここまで違うのかと驚く。
私たちを乗せた船は東へと漕いでゆく
朝焼けを 夕映えを
果てしなく追いかけて
月をよぎる雲の色も
波のしぶきさえも
二度と同じ姿はない 永遠の万華鏡
(中略)
同じ時を旅している
たくさんの人の中に
なぜかとても ああなつかしい
あなたがいてよかった
(中略)
遠い海を旅してゆく小さな船の上に
もっと遠い夢を見てる
あなたがいてよかった
【青い船で】
奈留島の航路は南へ向かっていたけれど、この際そんなことはどうでもいい。船から見た星空や、朝焼けの風景、島から見た海の色、風の匂い……すべてが鮮やかに蘇る。
同行してくれたスタッフや、島でお世話になった方々を想い、同じ時間を共有できたことに、改めて感謝の気持ちでいっぱいだ。
地球を船に喩えたこの歌のスケールはとても壮大で、私が旅した、ほんの少しだけの航路とは比較にもならない。けれど海や空や島の風景やその時の感情で、この曲の一端に触れた気がした。
月のまなざしが まだ残る空に
やさしい潮風が門出を告げる
この人生の青い海原に
おまえは ただひとり帆をあげる
遠い波の彼方に金色の光がある
永遠の輝きに生命のかじをとろう
【空と海の輝きに向けて】
奈留島での花いけを翌日に控え、出航の数時間前に聴いたこの曲で私の気持ちは、すでに奈留島に飛んでいた。
同じ曲を東京で聴いた時は、あのときの気持ちが静かにラミネートされていく感じがした。
さすらった日々 思い出を託した
いつの日も あの場所で 夢を見れば開くよ
財宝の箱
【二人のパイレーツ】
「深海の街」と銘打たれたこのツアーは、私にとって間違いなくエポックとなるコンサートである。
いろんな会場で一緒に観たそれぞれの友人は、みんな二十年以上の付き合いだ。友達になることより、友達でいることの方がずっと難しい。
そんな友達と紡いできた思い出があって、その思い出こそが私の財宝となっている。
そんなふうに思えるようになったのは、きっと私も歳を重ねてきたからなんだろうな…そんなことを思いながら同じ時代を共にできていることに、じんわりと心が温かくなっている。