旅欲求

仕事で月に何度か出張のある…というか、あったのが、昨今のコロナ禍で遠方出張がことごとく無くなってしまった。

 

新しい生活様式

あまり大っぴらには言っていないのだが、私は花の他にも経営している2業種があって、そちらには殆ど出張がない。なんなら花も含めて3つも兼ねて仕事をしていると、休みらしい休みもない。
 だから花の仕事で現場に出るのは結構いい気分転換になっていたが、これが昨今のコロナ禍で見事になくなってしまった。

 

他の業種の仕事はずっとしていたし、花も近場の現場は継続していた。しかし打ち合わせはオンラインになり、何より重要な打上げに至っては当初から設定されていない。これは由々しき事態だ。

 

 

何しろ、いけ込み資材と自分の荷物を同時にあっちこっちへ事前発送しておいて、現場から現場へ移動して制作をし、ヘロヘロになって帰宅していた昨年までの自分からは想像できない生活の変わりっぷりだ(ヘロヘロになっているのは体力を消耗してなのか、はたまた打上げで飲みすぎたからなのかはご想像にお任せする)
 これが「新しい生活様式」というものだろうか。そういう意味ではかなり健康的である。

 

ステイホームと言われ始めた頃は、オンラインでの打ち合わせも新鮮だったし、何しろ現地まで出かけなくても自宅でのビデオ通話で、ある程度は済んでしまうのだから、生来ものぐさな私にはうってつけだと思っていた。が、やはり環境が変わらないというのは、中々に悶々としてくる。

 

 

脳内妄想たくましく

出張もなくなり、遠くに出かけることがなくなったいま、YouTubeで旅系のチャンネルを見ることが多くなった。
「長距離バスに乗ってみた」とか「フェリーで移動してみた」とか、テレビで放送されるような編集ではないが、却ってそれが妙なリアリティに溢れていて、さも自分が旅をしているような感覚にもなってくる。

 

 

「ファーストクラスに乗ってみた」「高級ホテルに泊まってみた」などの動画を見ながらの晩酌は、5つ星ホテルのスイートルームで、優雅にシャンパンを飲んでいるような気分にもなる。
 現実には自室で安酒をチビチビやっているのだから、はたから見れば近寄り難いほど暗い人間だろう。そんなことは自分でも分かってはいるけれど、その点は見て見ぬふりをして「ここはスイートルームのリビングだ」と脳内妄想をたくましくすれば、自宅にいながらにして旅行気分を味わえる。

 

アイシュタインだって


Imagination is more important than knowledge.  Knowledge is limited.  Imagination encircles the world.
―想像力は知識よりも重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む―


と遺しているではないか。
アインシュタインがYouTube見ながら安酒を飲む人間を意図していたかは不明だが。
 それにしても……この話は、書けば書くほど自分が惨めな気持ちになるのはなぜだろうか。

 

ちょっと真面目に華道家らしく言えば、こういった想像力や妄想力は花作品を作る上でも重きを置く。
 優雅な感じ、切ない感じ、豪華な感じ……これらの感情を具現化し、花作品で表現するには、そのイメージを自分の中で明確に感じられないと自らの作品に投影することはできない。
 ちょっと気障な言い方になるが、役者さんが自らの肉体をもって表現する、歌手の方が歌声で表現するのと同じように、花で表現するのが華道家の仕事である。

 

 

奈留島

さて最近では、いつか行かねばという旅行スケジュールまで立てている。その目的地とは、長崎県五島列島・奈留島。
 ここには過去に花作品を制作するにあたり、大変お世話になった方が住まわれている。お礼のご挨拶に伺う約束をしているにもかかわらず、どうやってもスケジュールが切れず、もう何年も過ぎてしまった。

 

言い訳じみてしまうが、愛知から奈留島までとにかく遠い。そしてさらに五島列島の各島を結ぶ航路はいくつもあり、土地勘がない人間にとっては難解を極める。とてもじゃないが一泊二日で往復できる場所ではない。

 ……と頭から決め受けていたのだが、この旅気分が盛り上がっているいま、勢いに乗って詳細を調べてみたら、一泊でもどうにかなりそうな行程ができあがった。


初日の昼までは通常通り仕事
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夕方、愛知から福岡まで飛行機で飛び
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博多港から23時45分出航のフェリーで船中泊
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翌朝7時25分奈留島に上陸
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午後12時35分のフェリーで長崎港へ戻り
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長崎空港から飛行機で愛知に22時ごろ戻る。

島での滞在時間約5時間。

 

やってやれなくもないこの行程だが、慌ただしいったらありゃしない。これでは西村京太郎が書く旅情ミステリー小説の犯人みたいである。

 

「初日の昼まで通常通り仕事」の段階で、すでにアリバイ作りをしているようにしか見えない。

 

この行程だと、少しでも海が時化たらそこで全てが狂う。そんな天候なら飛行機だって危うい。
 そもそもな話だが、それだけ遠い、しかも離島へ行こうとしているのに、フェリーでの一泊しかしないという方が間違っているのではないか。
 日程的にもっと余裕を持たせれば事は簡単に解決する。ただしそこまで時間が空けられるかという問題に戻ってしまい、結局やっぱりそこか……とため息をつき、今夜もYouTubeを肴に安酒を飲みながら、遠い奈留島へ思いを馳せている。