体験

私が指す「体験」とは、普段の稽古と全く同じことを体験と言う。稽古体験を行なっていない理由は二つ。

一つは見学の理由と同じで、お弟子さんと同時にはできないこと。もう一つは…

 

「無意味」

 

いきなりバッサリな言い草だが、結論から言えば無意味としか言えない。

 

 

 

習い事とはそういうもの

輪をかけてハードルの上がることを言ってしまうが、花を習うということは、どうやっても時間がかかる。一朝一夕にホイホイとやれるようにはならない。

 

これは花に限ったことではないが、習い事とはそういうものだ。ご本人も納得できる花がいけられるようになるまでには、どうやっても数年ははかかってしまう。

もちろん、お稽古のキャリアや過去に習っておられた有無など、その方に応じた指導をしている。入門してすぐは基本寸法に忠実な花をいける。

 

実はこれが最初のハードルだったりもする。理論としては分かっていても、さて実技となると上手くいかない。実は花を始めたばかりの私もそうだった。

 

なんでこんなにできないんだろう?センスというものが皆無なんだ、自分には無理だと何度も挫折しかかった。

それが今じゃ花の仕事をいただき、花教室でお弟子さんまでいる身になっているなんて、20数年前の自分が知ったとしても絶対に信じないだろうし、下手すりゃ自分はペテン師になっているのだろうかくらいのことは思うだろう。

 

私自身がこんな感じだったわけだから、今から花を始めようと思っている方だって、たった一度の体験では「こんな難しいことできるんかいな?」と思われてしまうのがオチだ。ひょっとすると「花なんて飾らなくてもいいや」になってしまう。

 

これでは私が提案している「花のある暮らし」からどんどん離れてしまう。

 

 

 

ワークショップ

さて「体験」と似ているものに、ワークショップがある。ワークショップで制作するものは、普段の稽古とは全く違う。ある程度の人数で行う「団体稽古」に近いし、サイズも小さい。花留めには吸水スポンジを使う、花材も形が作りやすく、簡単にできあがり、作品映えするものを選ぶ。

 

ワークショップで制作する作品にも、もちろんいけばなのエッセンスは取り入れているから、出来上がった作品はいけばならしい感じに仕上がる。

 

本来であれば、定期的にワークショップを開催して、花をいける楽しさを知っていただくのが一番良い方法なのだが、そうしょっちゅうワークショップを開いている時間もないのが実情で、申し訳ないことである。

 

 

 

思い切って飛び込んでみる

むしろ考え方を変えて、ネット上や実際の作品をご覧になった上で「こんな花をいけてみたい」が達成できるまで、やってみるのはどうだろうか。

ああだこうだと難しく考える前に、思い切って飛び込んでみると、案外すんなりいくもんである。

尤も、ああだこうだと難しくしているのは私の方だとも思われるが。

 

「花の道は一生」なんて言葉がある。華道教授者やプロを目指すのであれば、それは当たり前のことで、同じ花業界を目指すお弟子には、常々「勉強しなくなったプロは、もうプロではない」と言い続けている。

 

しかし趣味で花を続けたい方に「花は一生勉強です」なんて言おうもんなら、恐れおののき、いよいよ誰も入門しなくなってしまう。いくらなんでもハードル上げすぎだ。

 

 

 

近道なんてない

長々と書いたが、最後は大真面目に、そしてちょっと厳しいことを書いておく。

誰しも「花がいけられるようになりたい」と思ってお稽古を始められる。だんだんと花の扱いができるようになって、カッコよくいけられるようになるまでは、ひたすら愚直なまでに稽古を重ねるしかない。近道なんてない。というか、これが一番の近道。

 

ましてお稽古を始めてからしばらくは、基本の形しかやらない。具体的には、壺にいける投入れと、水盤に行ける盛花だ。ここには、花の扱いも美の基本も全て入っている。

 

一番怖いのは、それができていると勘違いして基本をおざなりにしてしまうこと。基本があって応用ができるのに、いきなり応用なんてできない。

基本ができた気になっていても、応用から基本に戻った時にグダグダになってしまうのは、明らかに基礎練習が足りていない。

 

「ほんのかじる程度でいい」とお考えならば、カルチャーセンターをお勧めする。過去、入門前にお話をした何人かは、うちの教室には入門せず、お勧めした別の先生やカルチャーセンターに行かれた。それでいい。

無理に入門しても遅かれ早かれ「こりゃ違うな」と思われたはずだ。

 

 

大事なことなのでもう一度記すが「こんな花がいけてみたい」と思ったら、思い切って飛び込むことが大事だ。ただしそれ相応に時間がかかることだけはご承知おきいただきたい。その代わり、理想とする作品ができるまで指導する。

必ず上手くなる。これだけば自信を持って断言する。