コロナ禍になって一年。植物は季節になれば花を咲かせる。季節は巡る。春は来る。あと少しの我慢。
ユキヤナギの流れをよく見ているMさん。上に伸びる主材のユキヤナギが元々短めのだったせいもあり、上方向にあと少しの長さが欲しいところ。
ここはいっそ花器を変えて、作品全体のサイズ感は変えずに手直しをする。花器が違うだけでこれだけ印象が変わる。
ユキヤナギの伸びやかなラインを強調し、全体にS字のフォルムを作る。作品全体の「粗密」「空間」を意識すると、引き締まった作品となる。
春の花には、歌詞に使われているものも多い。その代表格はやっぱり桜だが、アカシアも結構使われる花ではないだろうか。
童謡なら北原白秋作詞の【この道】、歌謡曲ジャンルで言えば、古くは西田佐知子さんの【アカシアの雨がやむとき】、私の世代だとNOKKOさんの【人魚】、最近ならBUMP OF CHICKENの【アカシア】もある。
ただ、私個人としてはこの曲を推したい。誰のって、だいたい分かりそうなもんだが松任谷由実さんである。
その名もズバリなアルバム【acacia】に収録されている【acacia(アカシア)】
この曲の歌い出し「銀の花が散ってる」の銀の花とはニセアカシアのことで、蜂蜜が採取できる。
今回の稽古花はギンヨウアカシア。通常はミモザの名で通る。
稽古花とはあまり関係のない話をダラダラしてしまって申し訳ない。ミモザを稽古花にするって今までなかったはずだ。この量感をどう処理していくか、ポイントはそこにある。
ミモザを一つの塊として捉えたYさん。豊かな量感で暖かい雰囲気がある。いかにも春らしい作品だ。
直しとしては、足元の剣山がしっかり見えてしまっているところ。上部のドラセナをぐっと短くし剣山を隠すことにより、結果的にチューリップがより目立つようになった。これも「粗密」の効果だ。
7年に亘りお稽古を続けてきたTくんの(とりあえず)最後の稽古。
本人は5月くらいからお稽古に復帰したいと言っているが、新入社員にそんな余裕があるんか?
ミモザを大きく使いアーチを作ったが、ミモザの流れが2方向へ分散している。ミモザ自体はリースにできるくらい柔軟性があるから、量と線を同時に構成して、全体に楕円を作って左下に力を流すと、量感の中に空間を生み出すことができる。
この作品に限らず、実は稽古場ではもう少し専門的な指導をしている。この作品の場合、アーチを作るならここをこうすると良い、アカシアのフォルムを変えた場合にはどうしたら良いかなど、指導というより研究に近い。
こういった話ができるまでには入門からしばらく時間がかかる。私の意図を理解し、さらに自分なりに工夫を重ねるようになったのは、私としても嬉しい限りだ。
いけばなには一応のセオリーがあるが、花材組みや花器との相性などにより寸法に違いが出る。さらに「現代花」や「自由花」と言われる分野には、絶対的な正解がない。
いっすい花教室では、基本の形を繰り返し稽古することにより、バランス感覚や美の理論を習得する。それを踏まえて自由花の稽古に進む。ここまでくると俄然おもしろくなってくる。
そう。花に限らず何かを習っておもしろく感じられるまでには時間がかかるものだ。
歌の話で思い出したのだが、この作品を手直ししたとき、いけたHさんは「卒業式の花になった」と感想を言っていた。
確かに春の花の瓶花は卒業式っぽい感じになるだろう。ちなみに入学式は「根付くように」と、壇上には盆栽が多く用いられるようだ。
私は楽曲から作品のイメージを膨らませることが多い。ひとつのイメージを作品に投影させることで印象がより明確になる。
例えば卒業式をテーマに作品を仕上げるとする。卒業式から連想されるキーワードをいくつか出したり、歌ならどんな楽曲があるかと候補を挙げてみる。
【仰げば尊し】【蛍の光】は鉄板の歌だ。最近だと【旅立ちの日に】だろうか。あれは泣ける。森山直太朗さんの【さくら】も涙腺が緩む。
さて、よく流れる卒業ソングとして、ユーミンさんの(また出た…)【卒業写真】があるが、実は卒業式そのものの歌ではない。歌詞をよく読んでいただきたい。
街で見かけたとき 何も言えなかった 卒業写真の面影が そのままだったから
……(中略)……
話しかけるように 揺れる柳の下を 通った道さえ今はもう 電車から見るだけ
時系列的には卒業式からずいぶん経っている。卒業式のイメージとしては、ちょっと違和感があるのではと……いやこれ以上は稽古花の話とはまるで関係がない。
いっすい花教室では、こんな「花とはあまり関係ない話」をしながら稽古をしている。どんな教室なんだ。
話をHさんの作品に戻す。つらつら書きすぎて、スクロールしなければならなくなってしまった。今一度画像を掲載する。
画像ではレンギョウのようにも見えるが、クワである。枝を整理することにより、空間をはっきりさせることができる。また、ユキヤナギの枝ぶりに注意したいところ。花が上を向くように留めれば、全体ふんわりとした動きが出る。
花教室でお稽古するサイズとしては、これが一般的な大きさである。このサイズ感で基本の形ができるようになれば、全体のサイズを大きく、花材の本数を増やした大作でも容易に対応できる。
つまり、基本の形にはテクニックも理論もすべてが詰まっているわけで、ここをしっかりと稽古することにより、結果的に上達が早くなる。
古典的な花材組みで盛花にしたMさん。主材のサクラ(東海桜)は多方向に花をつける。枝の流れを見極めると作品全体に流れができる。
キクの長さと花の向きを変えただけでこれだけ印象が変わる。いけばなは作品の中に空間を意識する。それは枝の角度や花の粗密によって構成する。空間を埋めることによって空間を作り出すのがいけばなの特徴だろう。